終わりよければ

終わりよければ、すべてよし!という言葉は、そうそう使用できるものではないな、と思った。
この結果でよかったのだ、と言える結果を出すにはそれなりの努力がいる。初めはだめだったけど、持ち直したね、なんてときにはすごいエネルギーを使っていると思う。
この結果でよかったのだ、と思える心境になるにはそれなりの時間がいる。ある結果が納得できるようになるためには、自分の中の葛藤を乗り越える必要があると思う。
なんの根拠もない、印象だけの説を述べてみた。
偉そうに空虚な説を述べているが、単に、自分が「終わりよければ…」状態になれなかったことを悔いているだけです。
ああ、実習が苦痛だ…